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大好きなカフェが近所に

今日は、小学校も今年最後の登校日だったようで、
小6になるジョジョのお迎えに
散歩がてら行ってみました。



歩いて数分、小学校近くの露地は
相変わらず、保護者の車が行列つくりすぎて
ちっとも動かない・・・


マイナス10度だけど、
こういうときは歩いていくほうが
体もあったまるのにね。


で、その道すがら、またまた見つけちゃった。
a0279234_17213516.jpg

CAFE!



わかりにくい?笑


しかも、

この猫のマーク、みたことあるな~

と思っていたら!


瀋陽でもトップレベルのケーキを出す(私の独断と偏見)




ではありませんか!



移転オープンしたと聞いていたけど、
こんな近所にやってきていたなんて、、、感動。


私どもの実家がある場所は、
瀋陽でも古い市街地にあたるところで、

まあ、ようはカフェとかショップとか?
入りづらいエリアなんですよね。


年よりばっかりだから。


それが、どうよ。


こんな目と鼻の先に(徒歩7分)、
WIFIつきのおしゃれカフェが
やってくるなんて。


時代は変わるものです。


a0279234_17213515.jpg

新華路ちかくの
鉄路実験小学校の体育館、対面にあります。
今日はさすがに暇そうだったけど、
保護者らしき世代の利用も目立ちました。


クリスマスの装飾が
バリバリに活躍してたけど。

ラテアートも美しかったよ。
また行こうと思います。



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by tania0418 | 2016-12-30 17:36 | Trackback | Comments(0)

瀋陽にいます!

というわけで、、左目はよくなったり
悪くなったりを行き来しながら回復中です。


この本、たいして長くないのに
読むのも結局1ヶ月かかったぜ。
ゼイゼイ……

a0279234_21220255.jpeg
水上勉「瀋陽の月」。



水上さんが約50年ぶりに
大連、瀋陽を訪れたときのエッセイです。
記憶があいまいなのだけれど、
これ、書かれたのが昭和60年ごろ。


中国残留孤児の尋ね人広告が
テレビで盛んに流れているという描写があったので、
80年代に入ってすぐくらいじゃないかな。


水上さんは19歳のとき、
自ら志願して、
もう二度と大和の土は踏むまいと覚悟して、
満州に渡ったんだそうです。


そうして、肺結核で送還されるまでの
ほんの1、2年の間、
瀋陽という極寒の地ですごします。


しかも北市場あたりの職場で

「苦力(クーリー)監督見習い」

という仕事についたそうです。


要するに、中国人たちをいじめ抜いて、
力仕事をさせるための監督職だったわけですね。


詳しくは本書を読んでいただくとして、
まあ驚くのは、


50年ぶりに訪れた瀋陽で、
かつて通った職場や女郎屋が、
50年前と同じ姿で残っていた!


ことです。



その描写たるや、作家というのは
こんなふうに記憶を生々しく蘇らせるものなのかと
感動します。



そうして、思うのですよね。



今から30年くらい前?の瀋陽なら
そうだろうな、そのまま残っていておかしくないだろうなと。


これがもし、今なら。


今、かつての満州の記憶をたぐって
再び瀋陽を目指そうという人がいたら、
私は止めたいですね。



疲れるだけだから。



満州はもう、現実世界には
形を留めてはいないのです。

それが、
悲しいことなのか、はたまた
喜ばしいことなのか、
私には到底想像もつかないことなのですけれど。



さて、3年ぶりの瀋陽の冬を
過ごしています!

時期を過ぎたクリスマスツリーも健在!

マイナス15度くらいなら、私、まだ大丈夫です。

ちょっとずつ、カンを取り戻して行きたいと
思います。

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by tania0418 | 2016-12-29 21:19 | Trackback | Comments(0)

まとめ

たくさんの方から、激励といたわりのお言葉をいただき、

わたし、嬉し泣きです。


ありがとうございます。

非常感謝。



みなさんはいつも温かくて、

私だけが自分を責めていたのだな、と

改めて気付かされます。


みなさんの、おかげです。

本当に、ありがとうございます。




スパッと書いてみたら、気持ちもスパッとするかしら、

と思ったのですが、出るわ出るわ、

仕事への未練、これからの不安、弱音、・・・

目はどんどん良くなっているのだけど、

その分、あの時のショック、気付き、薄れていくようにも思えて、

なんか、そんな自分にも

ビックリ。



だから、記事書く必要ありました。

目のことは、本当に悲しくて、もう二度と復活できないかもしれない

と思うほど落ち込みましたけれど、

思い返してみれば、

今日のための必然だったのだと思います。




だってね、ヘルペスって最初に聞いてたら、

「あれ、治るんじゃん?」

って、思うじゃないですか。

それが角膜だったらどうなるかって、

それもある程度、ググったらもうわかる世界ですよね。




でも、私の場合ね、なんだか偶然が重なりまくって、

そのヘルペスって言葉を引き出すのに、

3週間近く、かかってしまいました。



私が異変を感じて病院に駆け込んだ時点で、

ウイルス量が少なかったからです。

地元の病院ではそのために確定ができず、

「詳しく」見てもらう必要あったんです。



そしたら、「大学病院」とか「眼の上皮を削る」とか

もう、これまでにないワードが出現して、、、




先生に、「治ります」って言われたとき、

どんなに安堵したか・・・(これは今思い返しても涙)




原因がわからない、ということが、

これほど人を不安に貶めるものなんだって、

体験しましたよね・・・




そして、これはこじつけですが、

「ここでは治療できない」

と言い渡されてしまったその日、

日本ではスーパームーンが見られる日でした。



わたしね、それもすごく、辛かったんです。



こんな大きなお月さまを、見上げるテンションにもならない

・・・って、

一気に沈みこむには、

あまりにも十分すぎる状況だったんです。




なんか、書けば書くほど、ですけれど、だから、

この気づきを得るために、

全部自分で仕組んだことです、

って言ってもいいです(笑)



たくさんの方にすごく心配していただき

本当にありがたくて、嬉しかったのと、

目はすごく順調に回復してます!

と、声を大にして、お伝えしたく。




月2回、松山へ通わんといかんのですが、

今度は、久し振りに運転して行けそうだな、

というくらいに、気力も復活気味です。




ライターというお仕事を捨てる代わりに、

私は、私として生きる道を探ります。



いつも支えてくださって、本当に、ありがとうございます。






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by tania0418 | 2016-12-12 09:53 | Trackback | Comments(0)

見える世界が変わった おわり

朝起きて、仕事がない。

朝起きて、することがない。


そういう焦りから、自分を解放してやろうと思います。



スケジュール帳がビッシリ埋まっているのをみて
ニヤニヤする生活から。



朝起きたら、その日したいこと何でもできる。

朝起きて、何もしなくてもいい、へ。



そういうふうに、少しずつリハビリ中です。



お世話になっていた会社さんにも
少しずつ連絡を入れて、お仕事リリース中。
本だなも文字通り片付けて、大事なものだけにダンシャリ中。



完全、リセットです。



ときどき、


「お金は」「生活は」
「旦那がいるからそんなことできるんだ」
「家事もろくにできないのに」「子どもほったらかして」


とか、ものすごい非難が飛んでくるんですけど、
(たいがい、自分の奥底から湧いてくるヤツ)
そんなのイチイチ聞いてられない。


なんだかね、そんなことは
こなせる人たちがこなせばいいことで、
私には、もうそこんとこかまっているヒマがない。
時間、ないよ!
って、自分につっこむ。



体は、命は、有限なのです。



本気でそれに気がついたのかどうか、
今でもわからないところあるのだけど、


私ってば
どうしてこうも、
どんだけ自分を


追い詰めていたんだろう


って本気で気づいた。



何をそんなに焦って、

何を追いかけて、

どうしたかったんだろう



って、ナゾだらけです。



今はもうほとんど正常に見えているのですが、


目が見えないことで、
やりたくてもできないことに直面して戻ってきてみたら、


ビックリするぐらい、

自分が















嘘だらけだった!








・・・・


・・・・













かといって、私が今まで仕事してきたことが
嘘だらけだったと言っているわけじゃありません。


このお仕事、ほんとうに好きでした。

その分、期待にこたえようと一生けん命だった。

それだけは、神様に誓っていいます。

わたし、このお仕事ほんとに好きだったんです。



でも、今はもう全く違うふうに見える。


そこに、私がちゃんと、いただろうか?って

私はちゃんと、私の想いに応えていただろうか?って。


・・・泣けてきます。




体が奇跡の集合体であると知った今、

見えることが奇跡であり、喜びそのものであって、

だったらもう、それを

死ぬまでに徹底的に全力で感じ切りたい。


書きたいことだけを書くのだ。

もう、それしかないのだ、と

私の左目が断固として言うのです。



これに気づくために、
わざわざ目を悪くしたような気もします。チーン



わたし、一回、死んだみたいですね。



目が覚めて、起きあがってみたら、


世界が違って見えたとは、


このことです。


ちゃんと自分を生きる人生を、


私はこれから取り戻すのです。



長くなりましたが、以上です。



瀋陽と、まったく、関係なくて、
ごめんなさい。ウィンク☆



ブログもゆっくり続けていきます。



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by tania0418 | 2016-12-09 14:15 | Trackback | Comments(0)

見える世界が変わった 続き


ライターになって、
書きたいものを書いていたつもりだったし、
会いたい人に会えて幸せだと思っていたし、
普段行けない場所にだって仕事と称していくことができる。


こんなおいしい仕事ないわー


って、ずっと思っていたのに。


もうPCに向かうのさえしんどくて、
読みたい本も読めず、書きたいことも書けない。


その恐怖にとらわれてしまったとき、


私が感じていた「充実感」ってなんだったんだろうって、
心底おもいました。



今まで自分が心から書きたいと思うこと、
何一つ書いていなかったじゃないかって、


いやいや、
そこに向き合ってさえいなかったじゃないかって、


もうどーしよーもなく、気づいてしまいました。



号泣。

・・・・

・・・・


目を傷めたことよりも、
そんな心の叫びに、号泣の日々でした。



視力がなくなって、見える世界が変わったら、

わたしの世界も変わってしまった。



そんな感じです。



だから、私ライターやめます。


やめるったって、書くのは好きなので、
何かの形で続けていくと思うのだけど、


自分のペースでやりたいことだけ、
発信したいことだけ書いていく、と決めました。


このブログもどうしようかと思ったんだけど、
私、中国のこと、瀋陽のことでは、
やっぱりまだ、逃げているところがありました。


だから、これからそこに向かっていく。


ゆっくりです。

まずは、目をいたわりながら、ゆっくり。



焦ることもないし、何かを目指すこともない。

楽しんで、自分がしたいと思うことに集中して、

ときどきそれを分かち合える誰かがいてくれたら、

嬉しいな。



私の左目ちゃんは、おかげさまでモリモリ回復中です。

いまひとつピントが合わないのですが、

軟膏目薬を毎日ぬりぬりしながら、

ほぼ今までどおりの視力を取り戻していっています。



でも、傷は全快しなくったっていいと思っているんですよ。

左目ちゃんは、私に一番大事なことを教えてくれた、老師ですから。

忘れたくないのです、こういう気持ちになったこと。



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by tania0418 | 2016-12-08 17:48 | Trackback | Comments(0)

見える世界が変わった はじめ

11月から更新できずにいました。


少し前から左目に痛みがあって、
結膜炎かな~という甘い自己判断のもと、
コンタクトつけたり、メガネにしたり、
やり過ごしていたんです。


ところが、痛みが増す。


こりゃあかんということになって、
近所の眼科にかけこんだら

「ここではもう治療ができない」

という。黒眼に傷がついているとか、
こうなったら大きい病院へ
とかおじいさんがブツブツとつぶやくのを


顔面蒼白で聞いていました。


それから、地元の総合病院へ行くも、
検査で病名確定できず。
疑いのある病原菌を狙って、2,3日点眼しましたが、
それも思うように効果がでない。


「大学病院へ行きますか。任意ですけど」


と言われるのを、私は涙ながらに聞いていました。


その間、左目はどんどん白濁していって、
ピントも合わなくなっていきました。

病名がわからないというだけで
不安といっしょに症状も悪化していくようでした。


近視のひどい右目と合わせると、
一時期、私の視界はもうほとんど
輪郭を捉えるのも必至な状態で、


そうなってみると、


好きな雑誌や本を読むことも苦痛でしかなくなり、

50メートル先で娘が手を振っているのかどうかもわからず、

近所のスーパーへ出歩くのさえ不安になり、


恐怖と情けなさと悔しさと、


もうひとつは


もう仕事もできないんだ、


という悲しさが

どわどわっと、気がつけば涙といっしょに溢れだす
そういう1カ月でした。


送られた大学病院では、
保険の効かない最新鋭の機材で角膜を読み取っていただき、
それでも確定できない目の傷の原因をさぐるため、


目の上皮を削っていただくという荒治療にも耐え、


そうしてその3日後、ようやく検査結果がでました。



なんだったと思います?





・・・角膜ヘルペスです。




ヘルペスが、角膜にでちゃったんだそうです。



結局、目がおかしいな~と気がついた10月下旬、
私は連日長距離運転、取材、取材の日々。


それはそれは充実していて、やりがいもあって、
楽しいと思いこんでいたけど、

体はそうじゃなかった。

角膜ヘルペスだなんて、
私はこれまで聞いたこともない病気だったし、
インターネットには「失明する危険性も」なんていう
危ない記述もたくさんあるなかで、
私の担当になってくださった女医さんは


「治ります。ただ乱視はのこるかもしれない」


と断言してくれました。






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by tania0418 | 2016-12-08 17:16 | Trackback | Comments(4)


フリーランスの編集・ライター。夫の故郷、遼寧省瀋陽市での、食、子育て、仕事。 お問い合わせ、そのほかはこちらへ。ken76ya@hotmail.com


by tania0418

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