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中国人男性はやさしい

先日、初めての美容室でいつものように雑談をしていて、
私が中国人と結婚しているという話になったところで、
その美容師さん(女性)が、


「中国人男性って、やさしいですよね。
そんなイメージがすごくあります」


と、おっしゃるではありませんか。


なんだか久し振りにきいた気がするセンテンス。


でも、私の夫は実際にとんでもなくやさしいところが
あるので、

「そうですね、うちの夫もすごくやさしいですよ」

と真実(私にとっての)を伝えておきました。





ダーリンは外国人みたいな結婚が取り沙汰される場合、
想定されるのはほぼ欧米系のダーリンだったりしますが、
私は、アジア系の男性、ものすごくオススメしたい。


中国人男性、やさしいっすよ、マジで。


わが夫について言えば、
知り合って12年?を振り返ってみても、
ただの一度も


私が何かしたことによって責められたことも、
何かしなかったことによって攻撃したことも、
一切ありません。


夫が稼いだお金を使ちゃっても、
仕事にかまけて家事がほったらかしになっちゃっても、


「いいよ。それで嬉しいなら」(本人の言葉)


でほとんど終わる。


夫婦間の問題はすべて、
私がふっかけて始まるだけ、なのです。


(どこの夫婦もそんなもんだったりする?)





中国人男性は、基本的には家族を中心に
女性をとても大切にします。


おまけに、欲しくもないのに
ブランドバックや高級時計をプレゼントしたり、
おいしいものをごちそうしてくれたり、
要はとっても、ちやほやしてくれる。


まあ、そういうのは最近の傾向かもしれない。


「メンツ」とか「そんな自分が好き」という
立派な自意識が働いていることにも
気づいてはいるんだけれども。



とくに、80年代以降生まれの夫の友人たち
(と、その恋人)を見ていると、そう感じます。


この世代はみんな、純粋にすごく自分が好き。
一人っ子だしね。

自信もあるし、俺様みたいなところあるし、
かわいい彼女がほしいと思ってる。
だから、皆が黙る高級品をあげようとする。



世代でくくるのも野暮だなあとは思うんだけど、
一人っ子政策が始まる前、
まだ文革の影響が強く、極貧を強いられた70年代に
生まれた人たちというのは、
どっか、自分だけではない、というところがある気がします。


正確には、兄弟多すぎてかまってもらえなかった、んでしょう。


助けあわないと、生きていけなかった時代を
体験的に知っているってことだと思います。


でも、そういう世代の差、やさしさの質の差に
触れているうちに、


「やさしさとは、自信のことなんだなあ」


と気づくわけです。



やさしさって、
決して自分をないがしろにするような
博愛主義的なものではない。


あなたが幸せだったらぼくも幸せなんですよ


という、その奥にある自分への信頼です。

意訳すぎるかもしれないけど、なんとなくそれは


あなたがいるからぼくがいるんですよ


というような解釈と
近いような気がするんですよね。



夫もそうだけど、
見ず知らずの男性からね、こんなことされてみてくださいよ
女性のみなさん。


重い荷物を持って電車に乗り込んだら
さっと棚に上げてくれた。

冬、風がつよくて重くなった扉を開けてくれた。

汚れたベンチに座るとき、自分の上着を敷いてその上に座らせてもらった。

瓶の蓋が開かないので困っていたら、隣にいた男性が
「貸して」といって開けてくれた。

・・・


こういう行動に、
中国ではごくごく自然に出会うんですね。
夫であろうと、友人であろうと、見ず知らずの人であろうと。


うちの夫もね、
外で「寒い」と言った私の日本人の友人に
自分の上着を脱いで、貸そうとしていました。
友人は引いてたけど(笑)


でも、夫に下心なかったと思いますよ(あったのかな!?)


そして、わたしは一人で、感動する。
ああ、強いなあ、自信があるんだなあ、と。


こういうことが、強すぎる中国人女性を育んでいる
とも言えますけれども、
それは優しさをはき違えた結果ですよね。



やさしさとは、
自信に裏付けされた行動そのもの。


結論。
中国人男性(ちょっと年上)、おすすめです。



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by tania0418 | 2015-11-28 00:20 | Trackback | Comments(0)

わざわざ言い返さなくても

おふろのとき、娘がきちんと髪を洗っていないのをみて、
うちの母が、

「ちゃんと洗わないと、虫がわくよ」

とひとこと。


それにカチンときた勝ち気な娘が


「もう!ばあばはあっちいって!」と応戦。


そのうえ、こう続ける。


「そんなこといわなくていい!
だって、もう中国で頭に虫いたことあるもん!」

「ええっ!」(ばあば)

「そうだよ! たまごついてたことあるんだよ!
ママも、パパも、みんなついてたんだよ!」

「えええええっ!!」(ばあば)

「そうだよ!! みんなついてたのに。
もう、ばあばはあっちいって!」


・・・・


これで、なんかこう、
勝ったつもりなんでしょうか?


言い返せば勝てるとでも思っているのか、
娘のコミュニケーション能力、
いや、読解力?、ちと不安です。


・・・


毛じらみね、いましたよ、中国時代。


最初は、たぶん、娘だったと思うんです。
髪をとかそうと、ひょいと後の毛をもちあげたところ、
フケのような白い点々がびっしり。


近づくと、それはどうみても、フケではない
付着の仕方をしていました。


そのうち、
娘との密着度の高い私も、自然と頭に痒みを感じるようになり、
やがて、夫にもその気配が。


櫛でとかすと、シラミがひっかかる
という衝撃に遭遇し、


こうしてめでたく、3人そろって毛じらみの住まいと
なってしまったわけです。


ここから始まった、私たちのシラミ撃退法。


まずは、
子どもの場合は、髪を短くしました。
そして、ヒマな時に卵とりしました。
これがちょっと、単純作業で没頭でき、癖になります。


シラミを一撃する劇薬シャンプーなんかも
あるみたいですが、うちでは使いませんでした。


中国でそんなん買う気にもなれないし(危険すぎる)、
そもそも、薬で虫をぶっ殺したところで、
のちのち影響を受けるのは
本人の頭皮であり、頭だったりするので、やめました。


私たち大人も、できる限り髪をすいたり、
短くしたりもしましたが、
私がときどきとりいれたのは、高温サウナに入ること。


シラミが、60度以上の熱に弱いらしい、
と知ったからです。


だいたい65度くらい?に設定されている近所の
風呂屋で、必死にサウナにはいり、
髪をとかしたりしました。


みんなで使うお風呂でそんな・・・


と思われるかもしれません。


中国のお風呂屋さんって、
初めていくと信じられないくらい”不衛生”です。


汚れを落とす場で、
個人がものすごい自由なことになっていますから。


が、これに慣れると、
(慣れなくてもいいことかもしれないですが)、
すごく楽ちんです。


シラミ頭を抱えてサウナ室に入るのなんて、
私だけじゃないだろうし、
そもそも、前提が違うのだから、なんの縁慮もいりません。


げー


って思うでしょう?


私も、げーって思ってたんだよ。


でも、自分なりに目をつぶるところを
決めれば、お風呂屋さんなんて、ぜんぜん楽勝です。



サウナに合わせて、
ドライヤーの熱風とかも、ときどき採用しました。
でも、これ効いたのかなあ?
わかりません。


けれど、我が家の「シラミ撃退術」が
だんだん浸透していくうちに、
数か月後にはいなくなりました。


居心地悪くなっただろうね、シラミくんたちもね。


このときにいろいろ調べたのですけれど、
シラミって、一般的に思われているような
「不潔」とか「不衛生」とかいう環境ではなくても、
発生するんですって!
必ずしも環境に依存しないというか。
(自己防衛かしらん)


どこでもらってきたのかわからないうえ、
ほぼ毎日、シャワーしてた我が家にとっては
まさに腑に落ちる記述!


私たち一家にシラミがわいたのは、
決して不衛生にしていたからではないのです!


完全に、「もらっちゃった」ってことなんだなあ!


だから、どうかこの記事を読んで、
シラミ=中国などとは、決して思わないでくださいね。


(うちの母はもう、完全にそう思っているんですけれども・・・)



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by tania0418 | 2015-11-24 23:31 | Trackback | Comments(0)

焼き芋屋さんの思い出

お隣さんからいただいた、
鹿児島産安納芋を焼いたもの。
ま、焼き芋ですね。


これを一口頂いた時、


「おおおお!こ、これは!」


と思わず声が漏れました。


瀋陽の冬のソウルフード、焼き芋の味わいと、
そっくりだったからです。


「やっぱりこれは…」と、ひとりでかみしめていたら、
隣で娘も、「中国のおいも~」というではないか。



まるっこい見た目、
ふつうのさつまいもに比べたときの甘みの強さ、
ちょっと粘り気や繊維質がつよめの食感。



なんだか、とっても懐かしくなりました。



今頃、路上のあちこちで、
焼き芋を打っているリアカーを見つけられることでしょう。


農村からやってきた浅黒い顔のおじさん
おばさんと、焼き芋ひとつで買い物のかけひき。


だけど、
基本は自分で大きさを選ばせてもらえるし、
「甘さ」についてはアドバイスももらえる。

おすすめされるままに買ってもいいし、
いや、こっちにするといいはってもいい。

そういう、どうでもいい会話が繰り広げられる、
同時に中国語も鍛えられる道端の焼き芋屋さん!


ああ、食べたい。



ここで食べる安納芋は、ひとときの安息感を
くれました。


けれど、なにせ「寒さ」が足りない。
そもそも、焼き芋って室内で食べると
面白さ半減しますね。


だから、その世界観はとてもじゃないけど
瀋陽の焼き芋屋さんにはかなわない。


あの、真冬の、
凍え死ぬかもしれないと思える世界では、
焼き芋屋さんはまさに”救世主”だった。


その存在の、ありがたさ、おいしさ、あたたかさ。


待てど待てど来ない冬のバス停で、
焼き芋屋さんが立っているだけで、
ほんとーーーーうに、
命を救われたような、幸せな気持ちになった。


厳しさのなかに、代えがたい喜びはあるのだ。


今年はやけに暖冬です。


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by tania0418 | 2015-11-22 14:26 | Trackback | Comments(0)

「泣きながら生きて」

中国人による「爆買い」が今年の流行語大賞にノミネートとか。

でも、ほんとうに実感しますね。

どの主要都市にいっても、中国人が
集団でいる。


私が住んでいる四国にも
その波が来ているのだから、
東京はもちろん、北海道から沖縄まで、
もう中国人観光客でいっぱいなんでしょう。


私が夫と付き合い始めた2004年、
まだほんの10年前のことですが、
このころには想像もつかない風景でした。


若いカップルとはいえ、
デートは渋谷でも新宿でもなく、池袋北口(笑)。


よくそのあたりの中華街で
中国人コミュニティに交じってごはんを食べ、
中国人が行くカラオケに行き、
彼らがどうやって日本で生活しているか、
なぜ日本にやってきたか、
どうして居続けるのか、を
私なりに見たり、聞いたりしてきました。


だいたい、アルバイトでもなければ、
そのあたりにたむろしている中国人は、
わけありが多かったよ。


もうずいぶん行っていないけど、
今はどうかもわからないけど、
その頃、いやもっと、それ以前、
中国人が池袋北口で店を持つなんて、
カタギでは無理でしょう?


ずいぶん、黒いやりとりがあることを知ったし、
しかも、異文化の日本で中国人が発散するのって、
簡単なことじゃない。


流血の喧嘩もよく見たし、
決別していくひと、不法滞在して行方不明になっていく人、
とにかく働いて働いて、大金もって国に帰ったとたん病死した人、
いろんな中国人をみたり、聞いたりしてきました。


そのくらい、中国から来た人たちって、せっぱつまっていた。
国に帰っても、どうしようもない。
かといって、日本に居続けたら・・・


その頃のことを思い出すと、
今の中国がまぶしすぎる、というか、虚しすぎる。
まだ10年しかたっていないのに、
お互いのきもちが全然ついていけていない、
焦りにも似た、複雑な気持ちになるのです。


頑張ってふんばって、
日本に居続けた中国人のことを思うとね。
みんな、どうしているだろう。



その頃とも重なるんですが、

「中国で暮らす中国人のありのままを伝えたい」

その思いで制作された一本のドキュメンタリーのことを
知りました。


「泣きながら生きて」(2006年制作)。


中国シリーズとして、フジテレビで制作され、
一度テレビ放送されたらしのだけど、
私がこの作品を知ったのは、2008年ごろ。


この作品のもつ力に魅せられた
慶応大学の学生さんによって、
ふたたび映画として上映されるプロジェクトを知ってからでした。


主人公は、35歳で、妻も子もおいて、
上海から日本に留学しにやってきた丁さん。

文化大革命による影響で、学ぶことができなかった夢を
果たすため、いつか日本で働き、
家族を呼び寄せるつもりでの来日でした。


けれど、留学先は、過疎化のすすむ北海道の小さな村。


あたりを森に囲まれ、日本語を学ぶ以外、働く場所もない。
学費や渡航費に借金を重ねていた丁さんには、
あまりにも残酷な現実の始まり。


やがて、やむなく学校を脱走し、東京へ。
不法滞在となった彼が選んだ新しい夢、
それは娘の一流大学への進学のため、学費を捻出することでした。
そこからはじまる、丁さんの10年におよぶ壮絶な記録。


このドキュメンタリーを試写会で見せてもらったとき、
涙がとまりませんでした。


純粋に、このように生きている人たちを
知っていたからです。


この時代の中国人を美化したいわけじゃない。
映像にしようと考えた張さんというプロデューサーだって、
そんな浅はかな思いで、
10年もおいかけたんじゃないと思います。


丁さんによって描き出される、
中国人の家族を思う気持ち、
日本に対する健気な思い、
なにがあっても、家族のために
日本で生きていくという、強い決心。


そんなピュアな中国人たちの思いが
私の中の誰かとも重なって。


ただただ、圧倒された。
もう、なぎ倒された、という感じでした。


そして、今の時代、こんな美しいドキュメンタリーは
生まれないだろうな、と思うのです。


中国と日本にはいま、
当時とはまったく質の違う、
大きな溝が横たわっているように思えてならない。


どうして、いつのまに、
こうなっちゃったんだろうーーー。


内容が内容だけに、
DVD化も再放送も上映もないのが残念ですが、
また、丁さんに会いたいなあと、懐かしく思い出す
夜更けです。


(youtubeには、ちょこっと予告編があります。
興味のあるかたは見てみてくださいね)




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by tania0418 | 2015-11-19 00:54 | Trackback | Comments(0)

漢方をもっと知りたい

中国滞在中の思い出ばかりで恐縮ですが、
わたしが瀋陽滞在中、もっとも心を砕いたことは


中国の病院にはかからない


この1点だけでした。


というより、このほかに強く決心したこと
ないんですね。


未就学児がいましたけれども、
まあ、なんとかなるだろうと思っていたし、
自分の生活や、ほっといてきてしまった東京での
仕事やコネクションなど、懸念すべきこともさしおいて、

中国の病院にかからない

という決心だけは、強かった(笑)

どんだけご都合主義なの。


別に「中国の病院にかかったら、こうなった」
なんていう事例、ひとつも知らないのに、です。

「もう絶対、中国の病院だけは、イヤッ!!」
って、それだけ硬く信じていたんです。



そうしたら。

なんと、ですよ。




半年後、病院へ行くことになりました。


すごくない~?
これって、引き寄せの法則そのまま~?(笑)



話を戻して、
それは本当に突然のことで、
忘れもしない年明け早々、激しい頭痛に襲われて、
吐くは起き上がれないわ、で、
ほとほと命の危険を感じ、なんでもいいから
自分の症状を客観視できる人のところへ連れて行ってーー


というわけで、夜の救急にかけこんだのです。


(あ、救急車などは有料だし、ぜんぜん早くないし
親切も期待できないので、
家族に頼って自力で。余裕ありますね、考えてみれば。)


のちに、欧米系の、駐在さんなどが利用する
グローバルな医療機関があることも知ったのですが、
そんな情報も、ツテも、私たちのところにはなかった。


まあ、知ったところで、というのは
ありますけれども。


そんでもって、
思いもしない形で、いっちばんイヤだった中国の総合病院に
駆け込むことになり、
こてこての中国風西洋式医療に触れ・・・・


あまりにシステマチックで、
私はまるでベルトコンベアーに乗せられた患者の一人で、
点滴のうえ大量の薬を買わされ、
ああ、やっぱり行くべき場所ではなかったのだ、
との思いは強くなりました。


けれど、
このような実体験を経てですね、
改めて、きちんとした実感と理由をもって(ここ大事)、
中国の病院とは決別することを決意することができた。


私は、もう何があっても中国の総合病院にはいかない。


そのためには、


”どれだけこの瀋陽暮らしを明るく、前向きに
できれば楽しく過ごすか!”


これだけである、と。



中国の病院という、私の中での最後の砦が崩れたことで、
「もう、なんでもいい・・・」
という前向きなあきらめが生まれたことが
実は大きかったんだな、と今となっては思います。



そんでもって、その日常を楽しむ
ひとつの手段となったのが、漢方、だったんですよねー。

病院に頼れないなら、自分でなんとかするしかない。
でも弱気にもなりそうだったから、
そうだ、ここには漢方という土着の医療があるじゃないか!


一から学び始めたんじゃなくて、

薬局では漢方薬を選ぶ

とか

中医(漢方医)にかかってみる

とか、

足つぼマッサージにいく(盲人按摩)

とか、そういう簡単な方法で、
ちょっとずつ漢方を選ぶようにしただけ、なんですけどね。


でも、これがよかったなあ、と思います。


相変わらず私はひどい頭痛持ちです。


昨日も、ひさしぶりにまた鈍痛が続くので、
まいってしまいました。


あれ以降、薬に頼らないことを実践します。


こういうときは、
足の親指の腹の部分、だったな。

ここをちょっと痛いくらいに
ぐりぐりとマッサージ。
片ほう5分ずつくらいかなあ。


そうしたら、あれ、なんかちょっと楽になってきた。
おまけに、夜寝る前の施術だったので、
睡眠時間のわりに、ぐっすり眠れた、
ということになりました!


ブログで書くとちょっと大袈裟ね。
確かに、うまくいくときと、いかないときがあるんです。
今回は押し方がよかったのか、すごく効きました。


施術に波があるんでしょうかね。
それとも知識の問題?
足つぼ、もっと知りたいなあ。


なんて思っているうちに、


そうだ、瀋陽にオープンするカフェ(まだ妄想の範囲内です)で、
漢方講座できないかな?

ちょっとした漢方レシピを使ったお茶なんかも
出せるとよさそう。

中国人講師を読んで、
そういうのを学べる日本人向けのワークショップなんかも
できるかも??

とにかく、な、なんか、楽しそう~!


・・・・


頭痛ひとつでも、広がる世界があるなあ、
というわけで、頭痛もおさまり、妄想の世界へと突入。
漢方、本腰入れて勉強してみようかな、
と考えているところです。



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by tania0418 | 2015-11-17 10:08 | Trackback | Comments(0)

露天商になれなかった理由

中国で、やってみたかったことにひとつに、
露店商、があります。


警察の取り締まりのない曜日や
人気ストリートを避ければ、
私だって、

今日から

露店商になれるところにいたのに、
できませんでした。


イメージしていたのは、
五愛市場(瀋陽一の商業卸売市場・なんでもそろう)で、
文房具とか髪留めとか、
要するに、「雑貨」ですよね、
それを仕入れてきて売る。


でも、これは五愛での買い物という
厚い壁に阻まれて、断念。


ロットが多くないと、安く売ってくれないわけで、
そうすると在庫を抱えることになり、
1日フリーマーケット気分では務まらない。


そうなると、五愛での買い物は、
数時間でハーフマラソンに近い疲労感がある。
(ひとごみ、騒音、値切り、かけひき等等・・・)


そんでもって、次に考えたのが、
日本で集めてきた中古品(家にあるもの)を売るというもの。


これなら、新品ではないけれども
クオリティはあるし、珍しいし、リスクすくないし
そこそこお客さんやってくるんじゃないのぉ!

と鼻息荒くしていたら夫がつっこんでくる。


「あのね、中国人が中古品、買うと思う?」


え、買うんじゃないの?
だってそこらへんに、中古品みたいなもの
いっぱい売ってんじゃないの?


「あのね、あれはゴミ。中国人にとって
古いものは、骨董かゴミなの。それ以外、買わないの」


えーー、そうかなあ(ちょっと納得いかない)!


「日本みたいに、子ども服の中古集めて
並べてるおばさんもいるけど、それだったら量がないと。
何枚いくらとか、袋に詰め込んでいくら、とか」


むーん、量かあ・・・


「それにね、商売しようっていうのが甘い。
売上考えるんだったら、露店は損するだけだよ」


はいはい、私は商売したいんじゃないですよ
ただひとりでイベントがしたいだけですよ。
なんか、やる気なくなってきた。


だいたいこのようにして話がしぼんでいく。


でも、言われてみればそうです。

私にとっては、露店は楽しそうなお店やさんごっこ。
だけど、
ここにいる人たちには生活がかかっている。


そうかあ、そんな不謹慎な態度でストリートに
出てはいけないかなあ。


そのように逡巡していたら
すでに季節は冬に入っていて、
露店していたら凍死してしまうのでまた来年!
というそんな繰り返しでした。



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忘れられないのは、秋頃に出始める焼き栗屋さん。

大きさや甘みで値段がかわるんだけど、
だいたい500g15元くらいだったかなあ、
その場で、焼いてくれるんですよね。


寒い日の夕方、焼き栗屋さんの前であたたまりながら、
ほくほくの栗を食べる。
(皮はそのへんに捨てる)
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これは、私の500gを焼いてもらっているところ!


栗自体、いうほど甘くないこともあるんだけど、
そのぶん噛むほどに風味がでてきて、
口の運動にもなるし、凍えた体には、ほんとうに沁みた。


こういうお店が、日本にももっとあってもいいのになあ
と思うんだよね。
もっとあったと思うんだけど。

子どものころ、道端で
おばあさんが手作りの毬(紙製)とか
折り紙の人形を売ってたように。

何を売っても、何をしても、いいじゃない。
人に喜んでもらうんだから、
誰に「許可」もらうんだって言う話です。

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by tania0418 | 2015-11-13 10:04 | Trackback | Comments(0)

やっぱり沢木耕太郎が好き2

ところで、私以外の沢木ファンが訪れた時のために、
私が参加した稀有な講演会のことをちょっと
お話すると。


主宰されたのは、伊丹十三記念館。


「さまざまな分野で才能を発揮し、つねに斬新、しかも本格的であった
仕事によって、時代を切り拓く役割を果たした伊丹十三の偉業を記念し、
創設された」(伊丹十三記念館HPより)


という、今年第7回目を数える伊丹十三賞に、
スイッチパブリッシングの新井敏記さんが受賞されたことで
企画されたものでした。


新井さんと親交の深い沢木さんが、
というのは、後から聞けば「なーんだ」という話では
あるのですが。



「新しい仕事はそっこうで断っている」
という沢木さんが(実際、今年は新聞小説に
集中していらっしゃるとのこと)、
なぜ、この日、松山にいて話すことになったのか。



そこから始まる講演はもう、ほとんど
一冊のノンフィクションを紐解いていくのとまったく同じ、
スリルと興奮と、奇跡に満ちたお話の連続でした。



その問いに辿りつくまでに、
30年前にさかのぼり、
モハメド・アリの最後の試合、
高倉健さんへの叶わなかったシナリオ提供、
ラジオ番組のこと、
30年間に起こったひとつひとつの偶然性をつなぎながら、
時間などとっくにオーバーしてやっと、
「なぜ今日、松山にいるのか」の答えに辿り着いたとき。


もう自然と、
観客席から大きな拍手がわきあがりました。


鳥肌をとっくに通り越した、
恍惚とした感動でした。


「縁について」と題された講演。
それは、たまたま見つけた私自身の偶然性とも
恐れ多いようだけれども重なります。


私が松山市在住であったならまだしも、
たまたま行った松山(正確には東温市)で、たまたま入った飲食店で、
たままた見かけた遠めのポスターに近づいてやっと、

「あ、沢木さんだ」

と気づいたから、参加できたものであって。
(のちに、講演会を広報していたのは、
ごく限られた場所であったことも判明。なにしろ、先着順、無料ですから)


”僕の人生は、
偶然性を楽しむことができた、その特性による”
(ご本人談)


なかには、本で読んだことのある内容も、
どこかで聞いたことのある話も含まれていましたが、
沢木さんご自身がこの日、
私たちに”物語”を用意してくださっていたのだとしたら、
私たち自身の生活や経験にも重なりあうような、
この言葉にすべて凝縮されています。


そして、そんな人生のほうがきっと
楽しいだろうし、面白い。
そう、そっと提案してくださった。


永遠に終わらないでほしいと祈るような、
どの言葉も一言もも聞きもらしたくないというような、
しんどいけど、幸せな時間は、それでも終わってしまいました。


切ないねえ。
帰りたくなかったよう。


でも一番印象的だったのはね、最後。

「僕の話を、熱心に聞いてくださって感謝します。ありがとう」

と、おっしゃる沢木さんの笑顔でした。


時間は大幅にオーバーしていたけれど、
きっと、沢木さんも面白かったし楽しかったんだと思うの!
観客みんな、もう全身で聞き入っていたんですもの。
そういう、一体感のある、なんというか
心地よくて刺激的な時間でした。


そんなこんなで、
この数日、沢木熱がぜんぜん冷めない。
昨日は沢木さんの夢まで見た。

どうしよう・・・まあ、いっか。

もっと沢木さんの本を読んでみます。
読み返します。

私は、沢木本によって変えられたのだ。
そう信じることにした。

まずは、エッセイ集「勉強はそれからだ」。
そして、中国にいる間に読み逃していた「キャパの十字架」。
それからそれから、先輩に勧めていただいた
小説「波の音が消えるまで」。
ほか、読み飛ばしているものあるだろうか。
しばらく寝不足が続きますね。でも楽しみです♪



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by tania0418 | 2015-11-11 20:40 | Trackback | Comments(0)

やっぱり沢木耕太郎が好き

沢木耕太郎さんの本を読み返しています。


もう、何度も読んだはずなのに、
じんわり熱くなる。


以前読んだときとは全く違う感想を持ったり、
読んだはずなのにぜんぜん覚えていなかったり。


適当な読者だったもんだと我ながら思います。
ただ、あこがれだけで読んでいたんですよね。



先日、沢木耕太郎氏の講演会に参加する機会があり
(めったに人前で話しをしないといわれているのに!)、
電車にのって出かけてきました。


もう、完全にスイッチはいっちゃった。
長い間、忘れるようにしていた思いです。



一度だけ、仕事でご本人と対峙するという
ものすごいチャンスもありながらの、
思うように気持ちを伝えられなかった(どんな気持ちだ)、
ことへの悔しさ、
「やっぱり私は沢木本の読者としては失格だ」
「憧れていても、沢木さんようにはなれない」
という屈折しすぎた思い。



だけど、もういいです。
それでも私、やっぱり沢木耕太郎という人が
とてつもなく、好きです。



19歳のとき、友人に勧められて
なんとはなしに読んでから、ずっぽりはまった
深夜特急の世界。


それから、沢木氏のほとんどの作品を読みました。

小説よりもノンフィクションのほうが
断然おもしろい。
この感覚を育ててくれたのも沢木本。


私が、今のような仕事を
ほそぼそとでも続けられているのは、
沢木さんの本があったからにほかなりません。



そして、なにより。


私って、沢木さんの本に出会ってなかったら
中国人と結婚するなんて選択肢、
簡単には選んでないんじゃないか・・?!


そんなことに、今頃気づいてしまったわけであります・・・(呆然)



「偶然性を楽しむ」(ご本人談です)というその生き方、
包括的で核心的なものごとのとらえ方、
だれと対峙してもゆらぐことのない自分。


これが、なんだか恥ずかしくて言えなかったんだけど
もう全部ひっくるめて、私の憧れです。



今回、講演会に参加してね、
すごくよかったなと思ったのは、


そうそう、これでいいのよ、わたし。
わたしは、この人の感性、生き方が好きなのよ。
だれがなんといおうと、大好きなのよ。


っていう、これまでにない自己肯定感。
これを得られたことだと思います。




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by tania0418 | 2015-11-11 16:29 | Trackback | Comments(0)

冬支度は順調ですか

瀋陽では、初雪が降ったそうで!


もう、これから半年くらいは雨がふらないのだと
初めて知ったときには
驚いてしまいましたが、もう冬なのですね。


そろそろ白菜もつけおわり、
ネギも大根も干しまくって、
冬支度も終盤、なんでしょうね。
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これは、ちょうど去年の10月ごろだったかな。


普段の買い物に、こういうお店もよく利用したけれど、
秋頃の露店で冬の野菜を大量買いするには、


近所に住んでいること
干すための広い場所があること
お料理が上手であること


が必須条件になるでしょう。


ひとつの食材を
保存食、鍋、漬物、と、
いくとおりもの料理に変えていくには
やっぱり腕がないとね。


今となっては、ちょっとだけ憧れます。
白菜をつける、あの大甕がほしい。




今年のお正月(西暦の)、瀋陽に帰ろうかどうしようか
迷っています。


迷う理由はただ、

相当寒いよね。

それだけ。。。




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by tania0418 | 2015-11-08 18:22 | Trackback | Comments(0)

お粥のおともに

娘がかぜをひきました。

もう、そんな季節なんですね。
熱はないが咳が出るので、食欲もないらしい。


「おかゆでも作ろうか」

というと、こくんとうなづき、

「あの、赤いのつけて・・・」

という。



そうだそうだ、赤いのがあった、
と思って、おかゆをつくり、
その「赤いの」取り出したら案の定、



「ちょちょちょ、ちょっとそれ捨てようと
思ってたのに、だ、だいじょうぶなん、たべて???」



と、母が突っ込んできた。



きたよきたよ、いつものが。



「な、な、なんなん、
その呪いの壺みたいなのは。
たべていいの。たべれるん? 
体こわさんのん?」



はいはい、お母さんは食べなくていいですから、
私たちだけでいただきますから。




べつに、なんか調合してあやしいものを
作っているわけでもないのに
冷蔵庫にあっただけで疑われたのは、



「腐乳」です。


a0279234_08533709.jpg
中国語ではフールウ、と読むのかな。

沖縄地方などで見られる、豆腐ようの原型ですよね。


ご存じの方も多いと思われますが、
中国ではこれは「調味料」の一種ですので、
こればっかりをがっついて食べられるものではないんですよね。
(塩味、味噌っ気がきつすぎて)


ちょっとした、味のたしに使うんです。


中国では、白粥にちょこっとつけたりして
食すのが一般的ですが、
卵とネギだけ加えたチャーハンにもよく合います。
カレーにつけるらっきょうみたいなものかな。

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このなかに、四角いフールウが沈んでいます。


これも、中国から持って帰ってきた
「お気に入り」のひとつだったのですが、
こんだけ疑われるとなると、フールウもなんか気のどくです。



スーパーでピンキリで売っていて、
いつもは、ピン(7元)を買っていたけど、
帰国するのでキリ(13元)を買った。



「どうせどんぐりのせいくらべ」と思っていたら、
これはやっぱり、風味がよいです。
味がまろやか、というのか。



このフールウのおかげさまで、
娘もお粥をおかわりしておりました。



そういえば、火鍋の季節です。
中国の火鍋屋さんでは、このフールウ必ずおいてあります。


人気店ではあらゆる薬味を陳列した台で、
自らつけだれを調合するのが定番ですが、
私たちは必ずこのフールウをイン!
(あ、入れなくてもいいんですよ)


ごまだれに、フールウが加わることで、
より風味が出ます。


(私が好きなつけだれレシピは、

ごまだれ、フールウ、ニラの花味噌(韮菜花醤)、
砂糖、酢、しょうゆ、パクチー。

これを全部混ぜる。
中国の人は、これに、味の素、トウガラシをよく加えています)


ああ、火鍋屋さん、行きたくなった!
「海底ロウ」、懐かしいねえ。

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呪いの壺(笑)。
複雑な心境ですが、食べきります。



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by tania0418 | 2015-11-04 09:10 | Trackback | Comments(0)


フリーランスの編集・ライター。夫の故郷、遼寧省瀋陽市での、食、子育て、仕事。 お問い合わせ、そのほかはこちらへ。ken76ya@hotmail.com


by tania0418

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