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あったかいオレンジジュース

日本も、寒いですね~


この寒さ、瀋陽ほどではないのですが、
とにかく暖房を切ったあとの
家の中、部屋の中が寒すぎる。


夜中、ちゃんちゃんこを着て
家の中を歩き回るなんて、ひさしぶりすぎます。


今年は、瀋陽もさぶいと言っている間に
凍ってしまいそうな極寒が続いているようです。


瀋陽に残っている夫が、
今年は私たちがいないから暖房費をけちってしまったそうで
「さむい」と言ってきます。

(※団地ごとに、毎冬、
ヌワンチーという暖房器具に
今年もボイラーを焚くのかたかないのかきめろ、
という契約をするんです。
11月から4月までで、3000元~4000元)

エアコンを使っているから大丈夫、とかけれど、
彼は今年、越冬できるのでしょうか・・・
でも自分で選んだ道、がんばって!


瀋陽はすでに、マイナス20度だというけれど、
瀋陽の敬愛するみなさま、どうぞくれぐれも
体を冷やさないように、のりきってくださいね。


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このわかりにくい写真は、帰国直前に立ち寄った
小さなピザ屋さん。

「COCOピザ」という名前で新華路沿いに見つけたんですが、
入口に、ぬいぐるみやらランプやら、
なんだか「不思議の国のアリス」を連想させる
ファンシー雑貨で埋め尽くされていて、

思わずふりかえっちゃった。


「Pizza」と書いてあるし、おなかすいたし、
入ってみようかということで、
チャレンジしてみたのですが。
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瀋陽のカフェや西洋レストランのインテリアって
やっぱりこう、ごちゃごちゃといろいろ飾らないと
気が済まないみたいですね



ピザはまあ、瀋陽にあるなりに、
いやそれ以上には、おいしかったですよ。
店員さんも、とっても親切で、気配りきいてました。

そしてね、娘がオレンジジュースを頼んだんです。

ここまでは、まあいつもどおりの展開だったんですが
このオレンジジュースがねえ、なんと・・・


あったかかったんです。



娘が、
「このジュース、あったかい」

といって、目をまるくしてストローをくわえているので、
一口もらったら、ほんとうに人肌以上の
ちょっと熱いくらいに、あたたまっていました。

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そのときちょうど、店主であるらしき方が
お料理を運んできてくれたのですが、
娘がいきなり

「どうしてこのジュースあったかいの」

と聞いています。

私は、娘のその気安さ(瀋陽人らしさ)に驚きつつ、
答えをわくわくしながら待っていたら、
おじさん、なんとその質問自体に驚いた様子で、


「どうしてって、子どもがこんな寒い日に
冷たいもの飲むと体によくないよ」


私は、非難されたのか擁護されたのか
一瞬わからなかったのですが、
ここは持ち前のピュアさでもって、

瀋陽の「冷え」に対する意識、ほんとうに高いなあ~

と感心することにした。笑


日本でも、冷えとりの流行で頭寒足熱が
よく聞かれるようになりましたけど、
ここでは、それが常に当り前です。


冬のファッションはずばり、下半身デブになるほどの
バランスで着こむ。


上半身はこの寒さで長そでシャツにユニクロのフリース、
みたいな人がけっこういて、
これで外出しようと思えるのがすごい…!
と感動したものですが、

逆に、子どもなんかを薄いズボン一枚で送りだそうものなら、
通りすがりのおばさんから、友人、家族から

「さむくないの」「子どもがわかいそうじゃない」
「もっとぶ厚いズボン買ってあげる」

との連続放射をあびるのでした。(母が)



というわけで、このオレンジジュースも、
「冷え」に対する予防策であり、
お店なりの配慮だったのでしょう。


だけど・・・おいしくない・・・


と思うのは、もちろん私たちのわがままです。



日本に戻って、
数年ぶりにおそろしく冷え込む昨今を過ごしてみると、
粉雪が舞う愛媛の、小学生たちの薄着なこと。


私たちのころはまだ「はだし」とか「乾布摩擦」
とか「寒さは鍛えてなんぼ」の時代だけど、、、
今どきの子どもは、もうちょっと着させてあげてもいいじゃない?
と思っちゃうのは、私だけ?


またあるいは、どこにでもある、
ピカピカで品揃え豊富、まさに瀋陽のデパ地下なみの
高級感さえ味わえる日本のコンビニで、
常温の500mlサイズのペットボトルがないことが、
非常に悲しく感じるときがあります。


日本人って、冷たいの好きなんだなあという発見。
日本人って、冷えてるんだなあという驚き。


常温のお水のほうが、これはもう、
ぜったいにおいしいと私は思う。


体に自然にしみこみますよ。


キンキンしてるのは、
夏だけで十分だと思いませんか。


そうしたら、
コンビニの素晴らしすぎる機能的冷蔵庫の電気代だって、
そうとう軽減されると思うのだけど。


と、まあ、
そんなことを発見したのも、2年の瀋陽暮らしあってこそ、です。


つらいこともありましたが、
刷り込まれた自分の「常識」を一度はがされてみると、
新しいこと、でもすごくシンプルなことが
見えてきたりします。


私にとっては、この寒さに対する意識、
とっても開眼させられること、多かったです。


あったかいオレンジジュース、
興味のある方は試してみてください。
試さなくていいか。




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by tania0418 | 2014-12-18 11:33 | Trackback | Comments(1)

九一八歴史博物館の感想

そういえば、
瀋陽で唯一、行けずじまいになっていた
場所があったんです。

どうしようかと迷っていたんだけど、
とうとう帰国直前、勇気を出して行ってきた。
娘をボディガードにして。笑


そうです。
あの、九一八歴史博物館。


直前まで本当に迷った。
ついでに、当日バスに乗り間違えて道にも迷った。


あきらめずに乗り込んだタクシー。
運転手さんにおそるおそる行き先を告げたのですが、
緊張のあまり、つい

「九十八(ジュウスーバー/※「98」の意味)」

と言ってしまった。

「は?」と言い返されて、
たどりついてもいないのに、汗がじわっとにじんだのを
思い出します。


最後の最後に、筆談で行き先が通じてしまうまで、
”「は?」がこれ以上続いたら、行先は
中街の久光(日系デパート)に変更しよう”と
心に決めていたのですけど。


迷いに迷ってたどり着いた
ここは、通称「九一八(ジュウイーバー)」
で通っている、瀋陽人なら誰でも知っている
歴史記念館です。
しかも入場無料です。


いわずもがな、
満州事変の屈辱を心にきざもうと
つくられた巨大な記念碑と、記念館がある場所。


ここへは、この日まで足が向かなかった。
だって、ねえ。そうですよね。


だけど、たまにふとよぎることがあったんです。
あそこを見ずに瀋陽を去ってよいものだろうか、と。


それで
夫に「行ってみようかな」と言ってみるのだけど、
「行かなくていいよ」「おれも一緒に行きたい」などと
やさしいのか無関心なのかわからない反応。


やめようかとも思った。
でも、やっぱりもったいないな、と
思ったんです。

瀋陽が瀋陽である所以を、見ずに帰るのは。


それで、最後の最後に、見ておこうと思い直した。
というわけで、娘とどきどきしながら
乗り込んだわけです。

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入口を入るとすぐ目に入る
大きなモニュメントに、娘っ子は興奮します。
思いっきり日本語で、

「おっきいねー!!」

と叫ぶ。

私は、小声で、「そうだね」とうなづく。


平日だというのに、お客さんは思いのほかいて、
最近の愛国教育の効果、あるいはアジア情勢の悪化が
影響しているのかもしれない、と感じました。


お客さんは、20代から40代といったところ。
カップルもいたし、学生さんらしき人もいた。


私たちのように、親子で来ている日本人は、
もちろん見当たりません。


さて、
満州事変の前後、東北部で日本が何をしたか、
またそれによってどう変わったか。


その当時、東北人はどう耐え忍んだか、
勇敢に戦った英雄たちはどうだったか
さまざまにたたえながら、
日本人の残虐さを背景に、語られていきます。


これほど殺められた人たちの写真を
惜しげもなく掲げられることにも衝撃を覚えつつ、
館内には、「日本鬼子!」という声が
はりつめているようにも思え、
展示ステージ2順目くらいで、
私はすでに、一刻も早く逃げ出したい気持ちになってしまいました。


私のボディガードであったはずの娘は、
館内で素朴な疑問をつきつけてくる。


「このひとたち、どうしたの」
「どうしてにほんは、わるいことしたの」
「どうしてけんかするの」


私は、その質問のどれにも正確に答えられない。

もうただただ、薄目をあけてパネルを斜め読みし
(読めてもいないのだけど)、

「九一八へ行きました」の既成事実をつくるためだけに、
順路を進んでいくしかなくなっていました(汗)


ときどき見える「日中友好」の文字が光だった。


館内では、老若男女が展示を食い入るように
見つめる。
何を感じているのか、ときおり話声のなかから
「日本」と聞こえるから、ひやりとする。


こちらも、日本語を話すことにおびえ、けれども
ピュアな質問を投げかけてくる娘を静止もできない。


見た目も話言葉も現地の子どもを
連れてきたつもりだったけど、
ぜんぜんボディガードになんなかった、とガックリ。


汗だくになりかけていたそのとき、
ようやく、外の光が見えてきて、
最後の展示へとたどり着きました。


出口を出る前にあった、最後のパネル。

このときになってようやく、
パネルをじっくり読む心の余裕がうまれたのですが、
そこには、こんなことが書いてありました。


「日中友好への協力と、日本の軍国主義への警戒」



こうして、
この記念館の主張というものがやっと見えて、
私は自分の妄想被害者意識から解放されたのです。


つまり、私には最後のこの文句が、
相反する言葉のように思えてならなかったのです。



1931年9月18日、
この場所で満州事変がおきた、
その屈辱を忘れまいとする。


そのためだけに、ここはあります。


ここが、日本を受け入れていくために
このような思い・場所が必要だったこと。

日本人はこれを冷静に受け止める必要が
あると思う。

うそばかりじゃないか、
と逆ギレするのではなく。


憎しみをスタート地点にするだけでは、
国の発展には限界があることを、
この国の人たちはたぶんもう知っているし、
私も体験的に知っています。


過去など、振り返ってはいないのです。
国の指導者以外は。


それはそうだとしても、
かつて、日本人の手によって
かようにも残虐な行いがなされたことを、
言い換えれば、私たちとは
そのような行為を肯定することさえできる存在である
ということを、

私たちは私たちの意識によって
忘れてはならないのだと思うんです。


そんなこと、中国に警戒されて
意識していくべきものではないのだと、
思うんです。


記念館を出たら、盧溝橋事件で破壊された橋の残骸や、
日本人が満州国時代に作った石碑などが
並べられていました。


娘はあいかわらず、「これはなに」と聞いてくる。
どうも解せないことばかりで、
なぜ中国と日本がけんかしなければいけなかったのか、
なぜ日本はここで悪いことばかりしたのか、
なぜなぜ、と聞いてくる。


私は、娘と話をした。


むかしね、にほんとちゅうごくは
けんかしたせいで、ながいあいだなかがわるかったの。
だから、ちゅうごくのひとのなかには、
にほんじんがきらいなひともいる。
にほんにも、ちゅうごくじんがきらいなひと
たくさんいるよ。

だけど、あなたには、ふたつのくにの
おとうさんとおかあさんがいるでしょう。
だから、ふたつのくにのきもちがわかるでしょう。
それはとってもいいことなんだよ。
とっても、とくしているんだよ。


私はただただ、
これらの展示を目にすることによって、
娘の自分への信頼が揺らぐようなことにだけは
なってほしくない、その一心でありました。

ぜんぜん言葉が足りない・・・

と思っているそばで、本人は実にケロっとしてた。
子どもは、そんなこと、どうでもいいのです。
過去なんてかまっているヒマないんです。
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結局、
過敏になってうまく物事をとらえられないでいるのは
私たち大人のほうなんだな。

記念館、見とかなきゃ!みたいになってね。


これから日本に帰るっていうのに
子どもに、見せなくていいもの、見せちゃったかなあ、って
ちょっぴり思いましたけど、
でも私の気持ちには決着がついたわけだし、
やっぱり行ってよかったと思う。


だけど、ここを訪れるには、
日本人ひとりじゃあ、あまりにも心細い。


ましてや、日本人同士で連れ立っていく
というのも、よけいにつらい気がする。


でも、それも考えてみればもったいないことですよね。

日本人がここに来にくいなんて、
中国にとって、こんな意味のない記念館、
ないんじゃありません?


日本語訳も完璧だったし、
時系列に並べられた資料の細かさや繊細な展示デザインは、
市内にあるどの博物館よりも
レベルが高かった気がする。

しかも無料。


街中のデコボコ道やあふれるゴミの山を普段みているだけに、
瀋陽だってやればできるのだなと、感心する。

それだけ、瀋陽にとっては重要な
なにか、シンボルでもあるんでしょうね。


だけど、内容は、あまりにも暗い過去。
未来があまり感じられないというのが、正直なところです。
(あ、共産党の未来はありましたよ)


日本人でも素直に、あそこに行ってみたい、
ほんとうの歴史を知って、
日中友好はやはりかけがえのないものだ、
と、心から実感できる記念館になったらいいなあ、と。


それが、帰国間際に行った九一八の感想でございます。


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by tania0418 | 2014-12-09 23:26 | Trackback | Comments(0)

日本に、戻りました!

先月末、ひっそりと日本へ戻りました。

瀋陽が、遠いです。
さみしい・・・


しばらく、夫も愛媛に滞在して、
きれいな空気を吸ってから、ひとりかえっていきました。


越冬は、おたがい別々の場所ですることになり、
また母子ともども、強くなれそうです!



しかし、濃厚な2年間だったなあ~


うまく言葉にできません。

でも、これを少しずつ、文字にしていきたいと
思っています。

オッス!


ちなみに早くも、
娘が地元の(あ、愛媛の)幼稚園に
通い始めたのですが、
早速、中国籍のお子さんを見つけました。


こんな田舎に・・どこにでもいるねえ中国人!


といったのは、夫ですよ。
特に、前半に語気が。


広東省からのご家族で、
私でもなまりが聞いて取れました。
僭越ながら、久しぶりに中国語会話!

それでもって、「上手ね」とほめられたから
うれしかったです。

娘の中国語、これからどうなっていくでしょうか。
キープさせてあげたいとは思うけど。

娘の中国語が、これからどうやって
廃れていくかについても観察したいと
思います。


それに、日本(田舎とはいえ)にいると
やっぱり目につく、
日本で認識されている中国とのギャップ、
誤解、彼らの認識・・・

こういうのが、たまらなくもったいないと感じます。


中国を語るには、最低2年の長期滞在が必要だよ
と声を大にしていいたい。笑


とはいえ私も「中国っておもしろいかも」という入口に、
ようやく立ったばかりなのですが。


というわけで、
これからもうちょっと、総括の意味も込めて、
このブログを継続してみようと
思っています。


炒りたての
ひまわりの種が恋しい。(娘・作)
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by tania0418 | 2014-12-03 09:52 | Trackback | Comments(0)


フリーランスの編集・ライター。夫の故郷、遼寧省瀋陽市での、食、子育て、仕事。 お問い合わせ、そのほかはこちらへ。ken76ya@hotmail.com


by tania0418

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