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3秒で終わった退園手続き

そろそろ、娘の幼稚園の退園日が近づいています。


地元のローカル幼稚園へ通うようになって、
2年。


最近は、
朝おきてすぐ、開口一番
「幼稚園に行きたくない」と言うこともなくなったし、
返ってくると自分で宿題を取り出すようになったし、
お休みしてもいい土曜日まで「行く」
なんて言うようになったのだから、


このまま続けさせてあげたほうがいいのでは・・・


という気持ちにもなります。


こういうとき、「我が家はこれで!」と言える、
強い方針、リーダーシップのない自分を
ちょっとかなしく思うけど・・・。



先日、校長先生に「帰国するため、登園は
今月いっぱい」と告げると、

「好的。」(わかりました)

の一言で、手続きは終了しました。


なんのペーパーも、話し合いも、なし。
3秒で終わりました。


2年通ったからといって、
なんのしがらみもない、
幼稚園との関係。


多くの子どもが、
ここを好きな時に去り、また入ってくるのを
繰り返しているからでしょうか。


年行事としてのセレモニーはあっても、
中国の幼稚園ならではのドライさでもって、
娘との関係も終了しようとしています。


私などは、なんというか、
2年もお世話になったのだから手土産のひとつでも・・・
とか思っちゃうのですが、


そんな余計なこと、
しなくていい、たいした関係ないのだから、
と夫。


え、そうなの。
恩師とか、学び舎とか、
そういう概念、まだ幼稚園などでは
ないんですかねえ。



しかし、3秒で終わったところみると、
この幼稚園にとっては、
娘はたしかに「園児のひとり」ではあったけれど、
娘個人がどうのこうの、という視点で
幼児教育に携わってこられたのではないことが、
伝わってきます。


日本の学校、先生方との
糸ひく関係性を体験したからこそ、
こんなふうに感じちゃうのかもしれないですけどねえ。


仲良くなったお友達も少なからずいるのですが、
このまま突然いなくなっていいものかどうか、
一言挨拶しとくべきではないか、
などと、これまた余計な心配をしてしまうのですが。


子どもって、あっさり忘れるからねえ。
ああ、あんな子、いたねえ、確か、みたいに。

そんでもって、新しい環境に突き進んでいく。

考えてみたら、
このまま今の幼稚園に・・・なんて、
余計な心配かもしれない、と思う。


あれ、いつの間にかいなくなってた、
でもま、いっか!

くらいが、自然かもしれないです。


とはいえ。


紅葉が深まりつつある昨今、
2年間通い続けた幼稚園までの道のりが、
私にはいとおしくてたまらない。


途中で号泣されて親子でうずくまったことや、
寝坊してパンを食べながら歩いたこと、
登るのが大好きだった路肩の石(いまやもう駐車場の影・・・)や、
お菓子をねだった売店。


ああ、全部あるなあ、と思う。


中国に来たことを心から後悔したこともある、
道端で私のほうが泣きたくなったこともある、


娘とのこゆすぎる、登園時間。


なんか、全部つまっているなあ、と思う。


でもそれも、もう終わります。


私はひとりで勝手に、
さびしくて、娘が誇らしくて、けれどもとっても複雑で、
ひとりで目頭を押さえるようなことを
繰り返しています。


でも、それもあと二日で終わり。


終わったら、ケーキを買って
ちょっとお祝しようと思っている。


誕生日でもなんでもないけれど、
ほんとうに、誰よりもがんばってくれた娘に、
こころから感謝のきもちでいっぱいなのです。


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ロバの行商がいることもたびたびだった
幼稚園前。

驚いて走りだすことがあるから、
ロバにむやみに話しかけてはいけないことを
教わったのも(行商さんから)、幼稚園に通う道すがら、です。
このあと、ちょっと近いよ、と注意したのを
思い出すなあ。


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by tania0418 | 2014-10-31 00:37 | Trackback | Comments(0)

売店のお母さん

マンション区内に、よく使う売店があるんです。

店主は50代の母親と30代の息子さん。


ふたりきりでこの店を切り盛りしながら
この店の二階に暮らすふたりきりの家族なのですが、

お母さんは最近、


「うちの息子が店につきっきりになってしまって、
彼女をつくる時間がない。

このまま店を続けていたら、
結婚できないかもしれないから
店をやめようかと思っている。

早く彼女を見つけて結婚してほしいよ」


とよく漏らしています。笑


瀋陽でも、「婚活」みたいな言葉が
流行るようになるのかな?




それはさておき、
この間、いつものようにこの店にいったら
このお母さんのほうが店番をしていて、
来客と談笑中でした。


私と娘が店に入ってきたのをみて、
お母さんは、隣にいたおばさんに、


「この子たち、日本人なんだよ。
日本の子どもはかわいいよねえ」


という内容のことを話しています。


「この母親が美人だもの。
日本人だからねえ」


私は、それをはっきりと聞きとっていて、
褒められたことについては確かに
うれしかったのですが、


その褒められかた、なつかしい・・・


と感じました。



私が美人であるかどうか、ではないですよ。


日本人だからどうのこうの、というくだりです。



確かに、こちらに来たばかりのころ、
市場で買い物してて


「この子、日本人の子どもみたいだねえ」


と言われたことが、あるのです。
そりゃあそうさ、
私たち親子で、日本で買った日本製の服を来てたもの
(たぶん無印良品)。


でも今や、すっかり地元の装いです。
日本人だと気付かれることのほうが、少ない。


それにお母さん、この街をあるけば、

私などより数百倍もスタイルの整った、
美しい黒髪に完璧なメイク、
10センチ近くありそうなヒールを履きこなす美女が、

吐いて捨てるほどいますよ・・・



と思ったときに、気づいた。


ここはもう、
どっかの「素晴らしい国」を
追いつけ追い越せ、しているところじゃないんだなあ

と。



おそらく、中国の70年代後半以降の世代にとって、
日本は、今とは違った意味を持つ国だったでしょう。

中国がまだこれほどノリノリになる以前、

経済成長しきってうかれている隣国のノリノリな感じを、
どんなふうに見ていたのかなって、
お母さんの言葉ひとつに、思ったりする。


でも、もう違う。


暮らしていたら、その温度差を、
はっきり感じる。


いまの経済を動かす
80年代、90年代の中国生まれに、
コンプレックスなど、ないのです。


私が日本から来たと告げたところで
会話がはずむことも、面白がられることも、
もちろん嫌われることも、ない。


だれに気を使うことも媚びることもなく、
非常にフラットな関係がつくれると直感する。


有り余るお金、整った容姿、快適な住環境、


そのどれも、日本のそれとは、
比べ物にならないほど進歩、進化している
今の中国。


同時に、とてつもなく失ってしまったものも
あるのだと気付くのは、
もうちょっと先のことかもしれないけれど・・・。



さて、
お母さんは、隣のおばちゃんと談笑を続けています。

私が買ったミネラルウォーターを袋にいれながら、


「日本人は値段を見ずに買うから、
旦那さんは大変だねえ」


という。


確かにいつも買うものよりも2元高い、
4元の水だったけど。


それは日本人だからっていうより、
私個人の問題ですお母さん。



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by tania0418 | 2014-10-28 15:14 | Trackback | Comments(0)

瀋陽のクリエイターたち

ひとって・・・

本来、なんでもつくれるし、なんでもできるんだと思う。

つきつめたら、

なんにだってなれるし、なにをやってもいいんだと思う。



瀋陽で、幾人かのクリエイターとよばれる人たちと接触して、
たいへん、そう思うようになりました。


(接触というか、私が、
ただおもしろそうだなと思っている人に
近づいているだけなんですけど・・・笑)


とくに感じるのは、彼らには


プロフェッショナルでなくては!

とか

もっと実績がなくては!

とか

もっと鍛練して自信がついてから!

とか、そんなしがらみ、一切

ないってことです。


だからって、テキトーに商売しているわけでもない。


人生とは実にシンプルなのだよ、きみ、

と、彼らに教えてもらっているような気がして
たまらないのす。

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散らかっているけど・・・


先日、北五経街(また出た!)のはじっこにある、
皮製品のデザイン、販売などをてがける
「半城/ban cheng」というお店の
ワークショップへいってきました。


牛革をつかって、簡単な、
自分だけの小銭入れ、もしくはカードホルダーをつくろう、
というもので。


散歩していたときにここを発見し、
瀋陽にアトリエのような場所があること自体に
激しく感動。


ここで何かオーダーしたいな、
と思っていた矢先に、
先の結婚式でブーケでお世話になった
molly flowersさん経由で
このワークショップの存在を知りました。


いきなり「微信(中国版ツイッター)」で
連絡をとったところ、
前日であったにもかかわらず参加OKとあいなり(笑)。


突然現れた中国語の不自由な私を、
スタッフさんらが懇切丁寧、指導してくれました。


しばらくしてやってきたこの店のオーナーと交流。

物腰やわらかな、優しそうな女性、

・・・と思ったが、ぜんぜん違った。


私がつくっていたカードホルダーの仕上げ段階で、
最後の金具を、彼女に打ち込んでもらったのですが、
その時、彼女の様子が一変するのがわかりました。


一点に集中してかなづちを振り下ろす動作、
焦点定めた表情からは、


決してお金やファッションのために
この仕事をしているのではなく、


好きなことで人を喜ばせたい、という、
純粋な、芯の部分がほとばしっていた気がしました。



天津のアートスクールで学び、
3年前にここでこの店をスタートしたのだそうで。


店内では、彼女がデザインした財布、カバン、靴なども
販売しています。


デザインには好き嫌い、あるでしょうけれど、
こんなところに、こんなアトリエがあるなんて、
ブログじゃなくて、声を大にしていいたい
気持ちになりました。


(ご興味ある方、ぜひ北五経街を
はじからはじまでお散歩ください!
きっと見つかるよ)



アートに敏感な若者が、
瀋陽に戻りつつあるんだな、と思います。


地元以外のところで学んだ知識、スキルを、
やっと地元で発揮する時機がきたというのか。


いや、今なら
まだまだコストは安いし、瀋陽でやるなら新鮮さがある。
彼らにとって、絶好のチャンスに違いないと思う。


それに・・・

ほかにやれない理由が、ないんだもん!!


そして、「好きだから仕事にしてみた」というような
とっても波動の軽いクリエイターを、
私はなんだかどうして、数すくない小銭をはたいて
応援したくなるのです。。。



北五経街には、こういう個人、クリエイターが
集中しているみたい。


そうして、お互いがお互いをもりたてながら、
輪のようにみな、つながっているようでした。



だけど、ものづくりは、
そもそも若い人に限られたものじゃない。

ましてや、
決まったエリアで小さく集まっていれば
できるってことでもないですよね。


クリエイティブなものごとというのは、
実は日常にこそごろごろしているんだよ、
と教えてくれる、もうひとりのクリエイターが
わたしんちの近く(街のはじっこ・・・)にもいるんです。


私の行きつけのカフェ(また出た!)の
看板娘。


娘の唯一無二の友達ニンニン5歳の、
おばあちゃん(63歳)です。


このひとが、すごい。


肩書き紹介で、おばあちゃんというには口惜しすぎる、
凄腕です。


娘さんと開いたカフェを切り盛りしながら、


コーヒーのドリップはもちろん、東北料理から西洋料理、
家庭菜園、楽器、鉛筆デッサン、、、


挙げればきりがないほど、
もう、なんでもできてしまえる。


(中国における、一般的なこの世代を
想像してみてください。
カテゴリーにあてはまらなさすぎる)


今日は、余り布と足踏みミシンで、
子どもたち用の靴底を作ってくれました。
(頼んでないのに)

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完成品をみて、うっとり・・・


雪と氷にまみれる、瀋陽の冬に欠かせない靴底ですが、
外で、1組2元くらいで売ってる代物を、
いとも簡単に手づくりしてしまう。


こういう手間を、ぜんぜん惜しまない。


つくったり、新しいことを習得したりするの、
楽しいんだと思う。


だから、
私もこのおばあちゃんと話をするのが楽しくて
たまらない。


このおばあちゃんこそ、
クリエイターと呼ぶにふさわしいと、
つくづく思うんです。




昨今、瀋陽におけるクリエイターたちと接触するにつけ、


ああ、こんな私でも


なにかできるかもしれない、

なにものかになれるかもしれない、


という

喜びにも希望にも似た、
生きる力がわいてくるのを感じます。


正確には、

私もやりたいことをやってもいいのだ、

という自分にたいする許可なんですけれど。


きつく縛ってた部分が、ゆるゆると
ほどけていく感じがたまらなく、うれしい。



実績とか?経験とか?資格とか?容姿とか?


本当はそんなことどうでもいいんだと思う。


好きだから始めました、それで?


と、彼らにびしばしと言われているような気がして。



笑っちゃうようなシンプルさで、
自分を生きている人たちが、
すぐそばにいるだけで勝手にわくわくしています。


20世紀生まれのほとんどの人たちから
「甘い」といわれようが、「痛い」といわれようが、
こういうふうに仕事ができたほうが、
ぜったいに生きていて楽しい。はず。


それでもって
誰かに喜んでもらえる仕事を、


さあ、日本でやりますよーーー!


って、強く強く、思っています。

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ニンニンのおばあちゃんのアトリエは、
カフェのなか。瀋陽から車で2時間ほど離れた
街で、20年、図書館司書として働いてらしたことも、
この日、知りました。




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by tania0418 | 2014-10-27 16:40 | Trackback | Comments(0)

ふつうのケーキ

行きつけのカフェ(マンション区内にある)で、
いつものように娘とだらけていたら、
いつのまにか20代カップルがやってきて、
彼女のバースディをお祝いしはじめた。


申し上げておきますけれど、
だいたい、ここの飲食店というのは
持ち込みについては黙認されている。

こっそりというか、堂々というか、
持ち込んでも、大きなところじゃないかぎり、
文句言われません。


そして、この日持ち込まれたケーキが、
おもちゃのように、派手だった(笑)。


目に飛び込んできたのは、砂糖でつくった7色の虹。
ふたをあけたときの、子どもたちの歓声といったら―。


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追記しておきますとこのカフェ、
白い猫の花瓶を、マジックで好きな色に塗って
持ち帰れるという、ちょっとした遊びのできる
カフェで、それを目当てにやってきた二人で会った模様。


その工作時間の合間に開かれたケーキは、
もはや文房具にまみれ、ほとんどおもちゃ
にみえるんですよねえ・・・。



瀋陽らしく、ケーキを前にモデルっぽく
ほほ笑む彼女に向かって、
私たちもハッピーバスディを歌い、
ひときれ、おすそわけいただきました。


けど・・・この不自然な色合いに気持ちが負けたぜ。



スポンジはやわらかかったけど、、、
最後には、食べたいと思えなくなりました。



レインボーケーキというんですか、
ここでは、こういう色遣いのお菓子が、
はやりつつあります。


ケーキだって7色してなきゃ、
もはや楽しくないんでしょうか。


どこのケーキだろうと箱をチェックしてみたけど、
最近チェーン店を増やしている「BOBO cafe」のケーキ
ではなかったみたい。


(BOBO cafe/クラウンプラザ横にある
も、七色のカップケーキやショートケーキが
売りです。)


おそらく、影響しあってるに違いない、
その色、デザイン。


20代の大人が恋人に選ぶものにしては
子どもっぽすぎやしないか、
というのは私の主観なのだけど、
ここでは、

このくらい色がついてないと、
このくらいPOPさがないと、

人民のハートをキャッチできないのかもしれません。



瀋陽における西洋菓子が、ここ数年で
品質もレベルも価格もあがっているのは確か。

だけど、


そっちの方向?


って目を疑いたくなるケーキ、たくさんあります。


卵や小麦粉の、ただの黄色や茶色じゃ
つまんないらしい。



欧米ならもっとプラスチックみたいなお菓子を、
じゃんじゃか食べてるのかもしれないんだけど、
それをうのみにして「いいもの」だと
思い込んでいるふしがあるなあ、と
このケーキをみて、思った。



瀋陽で、
ケーキというものが定着しはじめて、まだ数年だと
思うのだけど。

これが、ここのケーキになっていくのかなあ。


一口、この経験をさせていただいたことに感謝しつつ、
私ははっきりいって、ふつうのケーキがいいです。


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by tania0418 | 2014-10-27 16:17 | Trackback | Comments(0)

東北部の冬支度

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街を歩くと、ネギと白菜だらけですねえ。


今のうちに大量に買っておいて、
冬の食糧にするのです。


乾燥させておけば保存がきくので、
春ごろまで食べられる。


中国東北部といえば、豚肉と酸菜のスープ。
マイナス20度の世界では、これがものすごく
あったまるんですよねえ。


生きていく心が簡単になえる東北の冬の、
ささやかなぜいたく品です。


***


さて私たちは、
冬を待たずに帰国することになりました。


来春の、娘の小学校入学にあわせ、
日本での生活習慣を思い出す練習を
しておこうと思っています。


彼女、日本語がちょっとたどたどしいんですよ・・・
なんか、中国語を翻訳したような話しをすることがある・・・

それに、
トイレがなかったらそのへんでしてもいいと思っているふしがあるし、
中国語のピンインを、英語だと勘違いしているふしもあるし・・・


まあ、私が心配するまでもなく、
子どもはそれなりに順応していくでしょうから、
あまり手だししたくないとも思っているけど。


ここまでくると、なんか帰りたくない気分なんです。


やっと慣れてきたところだったし、
やっと面白いなと思えてきたわけで、
ここでの生活をつきつめたら・・・


って想像は膨らみます。


だけど、タイミングはどこか、
自分の意思とは関係ないところでいつも
やってくる。


ふりかえってみれば
私って、いっつもこうなんだな。


慣れたころに、油が乗ったころに、
がらっと違う環境を選択するんだよねえ。


これって、タイミングとかいいながら、
自分でわざと仕組んでやってることなんだろうなあ。



というわけで(?)、夫は瀋陽にのこり、
前向きな別居をすることになりました。(笑)


彼は、中国での仕事がいま、のりのりのようで、
日本に帰りたくないそうです。


私たちは、
春節など折を見てまた戻るつもりですし、
完全にグッバイ瀋陽!なわけではないので、
そうお別れ気分でもないんだけど。


でも、すっかり瀋陽での生活が、
気楽で好きになっちゃってる自分、発見!

です。


これから瀋陽にいらっしゃる方々には、
ぜひとも希望をもって、思いっきり楽しんでいただきたいです。


楽しそうな場所、おいしいお店、
私でよければお教えしますよ~


ここは、日本人が思っているほど
へき地でも、田舎でもありません。
(冬はつらいけど・・・)


地元の人たちとひとたび交流してみれば、
ありあまる自信とクリエイティブな思想で
これまでの中国を覆す生活レベルを追求しているのが
わかる。


この数年で、ほんとうにガラリと、
住みやすい環境、外国人でも
適応しやすい環境ができあがりつつあります。


いいかえれば、中国らしさが失せたって
ことでもありますけれど。


でも、心を開いてここに落ち着いてみたら、
ほんとーに、気楽で、楽しいことばかりです。

私はなにより、子育てについては、
ここの人々にたくさん、教えてもらった気がする。


あと今の私が考えこんじゃっていることが
あるとしたら、はてこのブログ、どうしよう・・・
ってことですね(汗)


これから瀋陽にいらっしゃる方々が、
うらやましい、天高く馬肥ゆる秋です。



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by tania0418 | 2014-10-26 16:02 | Trackback | Comments(0)

幻想に気がついた日

昨日、両親が帰路につき、
やっとほっとしているところです。


2014年10月18日は、忘れられない日になりました。


といっても、もうすでに記憶が飛びつつあるので、
しばらくたったら忘れるでしょうけど(笑)


だけど、今の私が、忘れられない日だったと
感じていることだけは、書いておこうと思います。

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ヤマトホテル大ホール。李香蘭がたったとされる舞台も顕在です。
私たちはこの大ホールではなく、小ホールでの開催でしたが、
マネージャーの高さんとはいつもここで打ち合わせ。
高い天井、装飾の美しさ、歴史を感じる重厚な空気が流れています。



両親が、老体を背負ってはるばる
瀋陽にやってきて参加してくれました。


こんなことを書くと大げさになっちゃうのですが、
私たちは両親の反対をおしきって結婚した
という、ささやかな歴史がございます。


ふたりが参加してくれる、というこの事実が、
私にとってどれほどの重みをもつか・・・
いやまだ言葉にできないですね。


なおかつ、60代の彼ら、
まだまだ若い、といわれる世代ではあるけれど、
母はすでに、つえをつかないと長時間の歩行は無理
な体となってしまい、
父がそれを支えて前進するのです。


二人はパスポートを、この日のために申請しました。
最初で最後の海外旅行のつもりで。


天竺へ向かうような面持だったんじゃないかと・・・想像します。


無事に到着してほっとしたものの、
私はまた、彼らのこちらでの生活が
心配でした。


あーだこーだと、中国のことをいうのではないかと。

ストレスがストレスをよぶのではないかと。

だいじょうぶかなあ・・・



だけどね、みごとに徒労に終わりました。


私以上に溶け込み、
地元の両親と交流し、日本語と中国語で会話し、
中華料理をおいしいとほおばる両親からは、
結婚式を口実にただ面白がっている、
無邪気な気配だけが漂うのです。


よくきたなあ、がんばったなあ。


そんなふうに、自分で自分をほめるような
あったかい時間ばかりが流れるのです。


それが、わたしにとっては軽いジャブになりました。



それらしい文句を漏らすことなく、
彼らは帰っていった朝。



そうか。そうだったのね。

やっぱりね、そうだと思ったんだわ。



この結婚を、


どこか普通じゃない、
よくないことをしているのでは、
もっとしっかりしなきゃ、


と思いこみ、認めようとしなかったのは、
両親でもほかの誰でもない、


わたしであった


ということに。



両親はとっくに私たちを認めている。
私が彼らを避けていただけだったのだ。



それに今頃気づいたら、
涙が止まりませんでした。



悩み、苦しみを抱えているなにかがあるとしたら、
そのほとんどは、自分が作り出している。


少なくとも、
私のこの10年(夫とであってから今まで)の悩みは、
私の幻想であった。


今は、晴れ渡った青空のようなすがすがしい気持ちで
瀋陽の曇り空の下、ブログを書いております。


そしてまた、
世の中は、私の幻想などとは無関係に、
新しい一日を始めるのですね。



結婚式以降、とくに思うのですが、
なんとなく、実は日々、
浄化されているのだな、
という気がしてなりません。


ここを読んでくださる皆様、
つながっているすべての皆様に、
感謝の気持ちでいっぱいです。


ありがとうございます。

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市内にある西洋ホテルや老舗ホテルでの宴会も人気ですが、
雰囲気重視で1年前から予約がいっぱいの大和ホテル。

大ホールでは週末になると
どかんどかんとハデ婚がおこなわれています。
(いわずもがな、中国流でいうなら私たちは地味婚もいいところ)

大和ホテルに宿泊した友人を見送りにきたこの日も、
ロビーに巨大すぎるパネルが設置してありました。
これほど自分をおしげもなくさらせる中国人若人の
財力と自己アピール力に感服です。




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by tania0418 | 2014-10-24 13:37 | Trackback | Comments(4)

満鉄社宅を再訪して

結婚式のあれこれも書いてみたいのだけど
オフコースなみに言葉にできないです。


もうしばらく、寝かせてみます。
そうしたら書きたいこと、見つかるかな?


ところで今日は、日本からやってきたくださった
友人カメラマンさんと、市内を観光しましたよ。


といっても、ほとんどカフェで
今後の方向性について語ってたような気もするけど・・・(笑)


二人で主に回ったのは
例の、太原街の旧・満鉄社宅周辺


好きですねーやっぱり、こういう特に古い建物。


この周辺、もうすっかり地元住民の
地元住民による商店街と市場です。


見た目はほとんど廃墟だし、
このアパートに
外国人が乗り込むこともそうそうないのだろうけど・・・


今日もまた
思い切って、二階、三階へとあがってみたよ!(笑)


今日はふたりだったことも手伝って、
住民さんたちとも接触できました。


たたずんでいたおばあちゃんに
「ここに何年すんでいるの?」と聞いたのを皮切りに
話しこんでいたら、
なんとなく人が寄ってきて、そこから
話を聞いてくれたり、部屋を見せてくれたり。


じっくり歩いてみたら、
空き部屋も多いようでしたね。

農民工がやってきたときに、
短期間借りたりするのに使われているのかもしれない。


ちょうど、そのとき
若いこぎれいな、場違いな感じのおにいちゃんがやってきて、

「ここの管理人はいる?」

みたいなことを聞いている。


思いきってその人にも話かけてみたら、
そのお兄ちゃんは、
ここにある部屋を自分の関係者のために借りたいのだそうで、
部屋を見に来た、と言っている(ように聞こえました)。


家賃も聞いてみたんだけど、一か月、650元だって。
1万円くらいはするってことですね。


お値段的には高いような気がしたけど、
瀋陽駅すぐそば、繁華街の中にある、
という立地条件がしっかり働いているんでしょう。


お兄ちゃんは、こうも言っていました。


「ぼくはこの近くで美容室を開いているんだ。
日本から、こういう建物を取材にきたの?
そうだよ、ここは日本人が作った建物。
80年くらいは立ってるかな。
でもこんな建物なら、自分の地元のフジュンにも
ここより状態のいいのがたくさんあるよ」


そういって、フジュンという、瀋陽から
車で1、2時間くらいのちいさな炭鉱町のことを
推薦してくれました。


そうか、フジュンね。

ありがとう!あのピンクのシャツきたお兄ちゃん!


ここの住民の何人かに接触した結果、
部屋に入れて、写真まで撮らせてくれるおばあちゃんもいたし、
会話がすぐに終わったり、
写真はだめっていうのもあったけど、
総じて、


中国の人というのはあったかいなあ、


としみじみ、思った。


かつて、この家で暮らした日本人の方々の会もあると聞くし、
ご高齢で、再訪したいと願ってもなかなかかなわない、
という方もいらっしゃると聞きます。


それに、日本式マナーで考えれば、

「そ、そんな、知らない人の家にいって、
質問攻めにして写真まで撮るなんて!」

というわけでおおいに責められる行為ではありますが、
満鉄時代の建物なんて、風前の灯です。


もしいらっしゃることがあって、
かつての住宅が残っていて、訪ねてみたいと思ったら、
ぜひ臆せず、そこに住んでいる人に
声をかけてみてほしいですよね。


中国の人は、いつも心を開いています。


気持ちが伝われば、きっと笑顔で迎え入れてくれるはず。


嫌だと言われても、2、3回交渉、
というか、誠心誠意のお願いしてみたら
あっさり、じゃあいいよ、なんてぐらいのことだと思う。


満州とは、祖父母の時代にもご縁がなかった
私でさえ、お部屋に入れてもらって話を聞かせて
もらえたりしたんだから・・・。


そうやって、人の心と心を
つないでいくことでしか、もう
できることはない気がします。


ここに、もう満州はないのだから。


今の瀋陽にあるのは、
精一杯生きている、
中国の人々の今、だけです。
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by tania0418 | 2014-10-20 02:52 | Trackback | Comments(0)

ありがとうございました!

さきほど、大宴会を終えて
戻ってきました。


頭が呆けてしまい、眠れません。


なんという数時間。

なんという熱気。


でも、私は気がついた。


やっぱり人は、支え、支えられて生きている!


一人一人に
ゆっくりお礼をいうヒマもなかったけれど・・・


私は名前もよく知らない
数回しか会ったことのなかったあなたに、
ほんとうに支えられていることを知って、


うれしくて、うれしくて
今すぐにでも涙腺が決壊しそうです。


そして、呆けて眠れないのではなく、
興奮して眠れないのだと気付いた今、
わたしはやはり、この時間をもっともっと、
自分のライフワークに昇華させていこうと
決意しました。


中国のこと、もっと知ってもらいたい。


すんばらしい人生を、もっと楽しむヒントを
たーくさんもらった。


こんなふうな私でも、
中国とのご縁があって、
みんなつながって、支えられて生きている!


それを伝えていく仕事をしていきます。

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2014年10月18日 
瀋陽市、旧大和ホテル・現遼寧賓館にて
結婚9年目に実現した結婚式
来てくださったすべての皆様、ありがとう




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by tania0418 | 2014-10-19 00:41 | Trackback | Comments(0)

結婚式前夜のメモ書き

今日、日本から両親がやってきました。

初めての海外で、初めての二人での旅行だそうです。



無事に空港で迎えられたときは
本当にほっとした・・・

イミグレーションでとめられてたら
どうしようかと思った・・・


でも、無事でした!

すごい、この二人!


瀋陽の発展ぶりに、
目をまるくして驚いている60代老夫婦は、
すっかり小さくなった背中で、物珍しそうに
景色を眺めています。


夫が、

「ここに来てくれるだけで完璧」

と言っていたけれど、
ほんとうにそうだと思いました。


***


明日は、いよいよ結婚9年目の結婚式であります。


こんなこと思ってもみなかったけど、
私ってば、

「結婚式なんて形式に、まったくこだわりありません」

とかいいながら、

私こそ世界一こだわってる超本人ではないか、

という数々を経験しました。


慣れてるつもりだった中国式準備(計画性なし)に
まったくついていけず、
中身を大事にしたいと少々の出費やあれこれに
こだわる私と夫との衝突は、数知れず。


夫とのこの数カ月のやりとりを通して、
やっぱり考え方がぜんぜん違う、とも思ったし、
日本と中国は遠い、と思ったし、
ぐるっとまわって、やっぱりこのような
結婚式ができる人生、われながら面白いな、と思った。


支えてもらっているのだな、あらゆる物事に。

ほんとうに嬉しくて、ありがたくて、
ここにいるだけで涙が出そうなのは、
午前2時近くに書いているからだけではないと思います。


a0279234_02274745.jpg
チーパオを仕立てました。

中国の結婚式には「赤」がかかせないのですが、
赤のチーパオではあまりに「新娘」(つまり若づくり)
しているように見えたので、

国際結婚大先輩かつ現・瀋陽在住のお友達に、
色や仕立てる場所、その他もろもろのアドバイスをいただき
注文いたしました。

生地、仕立て代込で、680元なり!けっこう高いぜ!


「紅酒」(レッドワイン色)にしたかったのですが、
生地を見ただけでは完成品のイメージというのは
わきにくいものですねー。

抑えたつもりが、それでも赤どまんなか、
という感じのチーパオができました。
私、大丈夫でしょうか。

でもなんとか当日を迎えられそうです。


みなさまに、
心から、ありがとうございます。




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by tania0418 | 2014-10-17 02:32 | Trackback | Comments(6)

中国のお姫様願望


地元の幼稚園に通わせるようになって、
気づいたことがいくつかあります。


それは、女の子の服が、とってもガーリーだということ。


Tシャツにズボンやスカート、という
いでたちではものたりないのか、
フリルのつきまくったトップスや、
ワンピースといっても、ふわふわのドレス仕様
(ゴースが何重にもなったような)。


動きにくいだろうに・・・と思うけれど、
そもそも中国の幼稚園で「遊ぶ」ということは
あまりないみたいで、
お教室に座って先生のお話を聞くなら、
その格好でも問題ないのかもしれません。


街へでかけても、幼い女の子たちが
かような、普段着とも言い難いドレス姿で、
頭には大きめのリボンやヘアバンドをつけ、
いかにも「お姫様」気どりで親と一緒にいるところを見るのですが、
なんとなく、不穏な気持ちになります。


だって、きているものがドレスだからって、
きている人の言動がお姫様になるわけじゃないからねえ。



娘も、
そういうドレスワンピースをほしがることがあります。

売っているワンピースというのは、
日本でいうなら、ドンキホーテで取り扱われるような
コスプレ感覚のものです。


ど派手なピンクに、リボンやレース。


それまで「無印良品」で育ってきた彼女
からすれば、それは刺激的だし、感動的でしょう。


私は買いません。

(理由1かわいくないから。理由2娘に似合うと思わないから。理由3・・・)


だけど、義母が買ってしまう・・・


ドレスワンピースといっても、
サテンや安いレースを組み合わせて、
テキトーに縫われたものですから、
市場や、そこらへんの屋台でも、どこでも買える。
夏のものだと、35元くらい(約600円)。
冬ものだと、50~60元くらいかなあ。




我が子には、かわいい格好させたいし、
かといって、したいと思うことに答えてやりたい
という親の欲求もあるわけだから、
たしかにニーズはあるんですよね。



でも、
それを大切に着て、かつお姫様な気分や言動が
育っていくものであるなら、
多少のお金は投資だと思えるけど、

まったく、1回着たらほつれるし破れるし、
タンスにしまうだけでも幅とるドレスなんか・・・
いらないやって思います。



一人っ子政策も影響しているのかな。


だけど、なんとなくですが、
親が過剰に、子どもを着飾ってやりたい、
という願望ともちがうような気がしています。


たぶん、親(20代~30代前半)も、
このワンピースを本気ではかわいいと思っていないと思う(推測)。


かわいい、かわいくないの判断すらない、気もします。


本人がほしいというなら、買ってあげるよ、
というそれだけの気がする。


日本でいうなら「プリキュアになりたいの?いいよ」
というような。(ちがうか)



お母さんが「これならかわいい」という価値判断で
子ども服を選んでいる人は、あまりいないような気がするけど
・・・本当のところは、よくわかりません。



このことに関連するのかどうかわかりませんが、
中国人女性における、お姫様願望というものについて
ときどき考えさせられることがあります。


結婚式や街角で記念に撮る写真(写メ)などでもそうですが、
華麗にポーズとっている女性をよく見かけます。


カメラの前で、ただ笑っているだけでは
物足りないのです。


全然ありだと思います。


展示してあるスポーツカーの前で、
一般人が腰に手をあててモデル立ちするのだって、
全然、いいです。


ただ私ができないだけのことです。


そんなところでそのポーズ、みんなみてるけど
恥ずかしくないのかな?


と思ってしまうのは、


「他者の目」を異常に意識してしまう
私の性格によるものです。



だけど、
中国には、「ほかの人からどう思われようと関係ない」
という意識がとても強く働いている。


というか、この国では
「ほかの人」って存在しないみたい。



誰かに気を使って、自分が損するようなことに
ならないよう、センターオブワールドを
ちゃんと自分の中に持っておく必要があるのです。



だから、どんなに短いスカートで歩いていたって、平気。


「PRADA」が「PRODA」でも平気。


トイレにはいってカギをかけなくっても平気。



この強さは、ちょっと見習いたいと思うようになった。


(最後のやつは、
私も最近ちょっと慣れてきて、
鍵が壊れてたりするところでも
平気で座れるようになりました)



最初は直面するたびに、ただ感嘆するばかりでしたが、
こういう強さがあるから、
ある意味で日本では「ジコチューめ!」などと誤解されやすいし、
こういう急成長ができたんだとも思えるようになりました。


そうでないと彼らはこちらの意思や希望を
くみ取ってくれるわけじゃありません。


言いたいこと、したいこと、お願いしたいことを、
自分の言葉でしっかりと相手に伝える必要が、
必要以上にあるということ!!


これが、私レベルだとすごく難しいっていうか。
練習がたりんな、とよく思います。




これから中国をひっぱっていく世代に
もはや「貧困」というワードは存在しないだろうし、
「留学するなら日本より欧米」世代です。


そうして、そのような彼らが子どもを育てるとき、
安いドレスワンピースを着せるというのは、
たんに本人の希望を伝えられたからであり、
それを着てへんな目でみるような「他人」は存在しないわけだから、


「35元? いいよ買ってあげる」


という、それだけのやりとりを経て、
お姫様はすくすくと育っていくのかもしれません。



今の中国に感じる、


ありあまる自信・・・!



それはいま、お姫様願望という形で、
つながっているような気がしてなりません。


a0279234_18135136.jpg
連休中に中街、ハンロンで行われた
ファッションショーをちらみ。
娘は長身のモデルさんに大興奮!!

中国東北部は、背が高くすらっとした体型の人が多い。
そのため、出身モデルさんが多いのだそうです。
特徴的な体型は、おそらく寒さも関係ありますね。


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by tania0418 | 2014-10-13 18:16 | Trackback | Comments(0)


フリーランスの編集・ライター。夫の故郷、遼寧省瀋陽市での、食、子育て、仕事。瀋陽の骨董市で見つけた雑貨を「わたしの中国雑貨店」にて販売。https://mychina.thebase.in/


by tania0418

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